ビールの歴史について③

ビールの歴史について③

ビールの歴史について③

こんにちは、メイクラフトです。関東地方は今週梅雨明けをしました。過去最早の梅雨明けだったようです。6月にも関わらず連日の猛暑で体にこたえる日々が続いていますが、みなさんも熱中症にはくれぐれも気を付けてください。さて、前回は「ビールの歴史について②」のお話しをしました。産業革命時代のビール造りの機械化などを振り返りましたが、今回は「ビールの歴史について③」として、禁酒法時代から今日にいたるまでの「ビールの100年」を振り返っていきたいと思います。

産業革命によってビール造りが機械化されたことで、ビール市場が急速に拡大しました。この頃に醸造されていた多くのビールは、今日で飲まれているビールのアルコール度数より高かったそうです。アルコール市場が急速に拡大したことで、労働者がアルコール依存症になるケースが多発し、アメリカ政府はアルコール醸造と販売の規制に乗り出したのです。こうして1920年~1933年の13年間に渡りアメリカでは「禁酒法」の暗い時代がやってきます。

それまで数千あったビール醸造所の多くが廃業に追い込まれ、残りのビールメーカーは生き残りを掛けて、アルコール度数が1%未満の「ニアビール」というビールを造ったり、クッキーを作るための「麦芽シロップ」などを生産していました。この時代に広く普及した飲物の1つに「ジンジャエール」などがあります。禁酒法によりアルコール依存者を劇的に減らしたことに成功した一方で、ストレス増加による暴力犯罪の増加を引き起こしたとも言われています。実際には多くの人々がアルコールを求めてカナダやメキシコに行くようになったり、マフィアが違法なアルコール売上で莫大な利益を生みだしたいと、社会的な影響は計り知れませんでした。

この頃のビールが現代のビール産業にもたらした物の1つに「容器」があります。禁酒法以前のビールは樽での流通が一般的で、主に「サルーン」と言われる西部風のBARで提供されていました。ただし禁酒法の時代になると、サルーンでのアルコール提供は禁止されビールを密かに流通されるために「瓶」での取引されることが始まります。ちなみに今ではお馴染みの茶色の瓶は、紫外線などの有害な光からビールの劣化を防ぐために茶色のビール瓶は1912年にアメリカで初めて使用され、今では世界中でビール瓶に茶色の瓶が多く採用されています。

そして1930年代になるとアメリカでは缶ビールが登場し、更に市場規模を拡大していきます。1940年代には禁酒法以前の醸造量まで復活を遂げ、1960年第後半になるとアメリカでは初めて缶ビールが瓶ビールを上回ります。こうして絶え間ない成長をこの100年で遂げたビール産業は、21世紀に入るとビール市場は更に拡大し2022年に世界のビール市場規模は60兆円以上にまで達しました。現在、欧米を中心にこの日本でも、特に若い意欲的な飲用者の間で、従来のビールやラム酒とは異なるモダンなビールへの嗜好のシフトが進んでいて、このクラフトビールは世界中の人々を魅了しています。

全3回に渡り「ビールの歴史について」を振り返ってきましたが、人類が作った最も古い飲み物の1つビールは様々な歴史を経て現代に伝わってきている事が分かり、改めてビールの魅力を再認識することができました。今回は禁酒法時代以降の2つの世界大戦時のビールや、日本におけるビールの歴史については情報量が多いために割愛させて頂きましたが、また次回以降にお届けできたらと思っています。

前回の記事「ビールの歴史について②」はこちらから

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